葵香の勝手 宮小説の世界

yahooブログ「Today is the another day」からこちらに移行しました。

妻の制裁が下った日

身から出た錆。

後悔先に立たず。

It is no use crying over spilt milk.

どれだけ言葉を並べてもあの時の自分を呪わずにいられない。




俺はチェギョンの作ったケーキを食べたことがない。

それは紛れもない事実。




彼女がマカオから戻ってきてしばらくして俺の誕生日が来た。

マカオで覚えたという料理を披露してくれたが、ケーキはどこかのパティシエが作ったというものが出された。

彼女はおいしそうにほおばり、幸せそうな形相を見せていた。

俺もさほど気にしなかった。

翌年の誕生日も、同じように手料理が出され、ケーキはまたパティシエが作ったというもの。

チェギョンに聞くとこう返ってきた。

「ケーキは大変なのよ。忙しいからそこまで手が回らないの。」

そんなものかと思って、これまたそう気にならなかった。




けれど、気がつけばよかったのだ。

忙しくて作れない。

そんなの言い訳で、【作れない】じゃなく【作らない】その事実に。




それがわかったのはレイが生まれて1歳の誕生日だった。

この日、東宮殿で別荘から駆けつけた俺の両親、お祖母様、皇帝となった姉上、そしてユルが揃い、誕生日会が開かれた。

さすがにこの人数なので、チェギョンは簡単に何品か作り、あとはすべて料理長が作り上げ、料理が並んだ。

それに皆舌鼓を打ち、和やかに会は進んでいった。

そして最後の最後に登場したのが、チェギョンの手作りのケーキだった。

皆に一つずつ渡されたが、俺の元に来たのは『アンティーク』という有名なケーキショップのパティシエが作ったケーキだった。

チェギョンは何一つ顔を変えないで、俺の前に差し出された。

俺の頭の中には「?」だけしか浮かばず、少したった後、怒りが生じた。

チェギョンを睨み、俺は怒鳴った。

「おい。シン・チェギョン!何で俺のはこれなんだ?なんでお前が作ったケーキじゃない?」

そんな俺の怒鳴り声にまったく顔色を変えず、チェギョンは言い放った。

「シン君。あなたが言ったんじゃない?私が作ったケーキを二度と持ってくるなと言ったのは。」

俺はまたしてもはてなマークしか浮かばなかった。

「シン、あなた何を言ったの?チェギョン、詳しく聞かせてくれない?」

その光景を見ていた姉上は面白いものでも見つけたように笑ってる。

後々どんなことをしても、このことは語り草となるだろう。

そんな悪い予感が頭の中をよぎる。

「…ああ、もしかしてアレの時か?」

ひょんなところから声が聞こえる。

その声の主はユルだった。

なぜお前は知っている?

封印していた、もうないと思っていた嫉妬心がめらめらと湧き出る。

「あら、ユルも知っているの?何なの?教えて。」

姉上は目を輝かせながら聞いている。

「ああ、そうよね。ユル君知ってるわよね。あのですね、お姉さま・・・」

チェギョンはそれから皆に聞こえるように語り出した。




元凶となったものは、高校時代に俺がはなったあの言葉だった。

タイでのあのスキャンダルの後、チェギョンたちのクラス、もちろんユルもいるが、調理実習でケーキを作り、俺の元に持ってきた。

「これあげる。私が作ったケーキ。食べてみる?」

差し出されたそのケーキを見て、俺は一言「いらない」と答えた。

それでもチェギョンはめげずにまた言葉を発した。

「おいしいよ。食べてみて。あーんして。」

生クリームをひとすくいすると俺の口元に持ってこようとするので、払いのけ、「お前が食べろよ」と言った。

チェギョンは怒り出し、罵声を俺に浴びせた。

「何すんのよ!人が一生懸命作ったのよ。食べるマネくらいしなさいよ。」

怒っているあいつに俺はニヒルに笑い、言い放った。

まさにこの言葉が元凶だったわけだ。

「嫌だね。お前の手についたのは特にな。そんなもの二度と持ってくるな。」

彼女はそれでも怒りが収まらず、「何よ。意地悪!」と言い放ったかと思うと、俺にケーキを丸ごとぶつけようとした。

回避したものはそばにいたギョンの顔に命中した。

俺はニヒルに笑うとその場から去った。



チェギョンの言葉を聞きながら、すべて思い出した。

「だから絶対に作ってあげないの。金輪際永遠にね。」

食べ物の恨みはすごいと良く聞く。

それが目の前に、現実に俺自身が突きつけられたわけだ。

「そりゃあひどいわ。私でもムカツクわ。」

姉上もチェギョンに同意してる。

「シン。あなたが完全に悪いわ。チェギョンが作ったケーキ、とってもおいしいのに・・・。」

俺はムスっとした顔で姉上の笑っている顔を見る。

「別に食べて文句を言われるんならいいわよ。 
 でも、食べる前にいらないなんて。しかも二度と持ってくるなって。
 あー、思い出しただけでも腹が立つ。」

チェギョンは本当にムカムカしているらしく、俺を睨む。

その目を回避し、周りの女性たちを見ると、どうもチェギョンの意見に同情してるらしかった。

チェギョンの話を聞いて頷いている。

父上は俺に同情の目をむけ、ユルは肩をすくめる。

「俺でもさすがにヒドイと思ったよ。その話を直後に聞かされたけど。」

ユルでさえもチェギョンの肩を持つ。

「ああ``、もう一つ嫌なこと思い出したー。」

そう叫んだかと思うと、俺のほうに視線を向け、またしても睨みながら言う。

「あの時、本当はシン君のロッカーにこっそり入れる予定だったの。
 でもそこにはヒョリンが作ったケーキが置かれてたの。シン君、それどうしたのよ?
 もしかして食べたの?私のは食べなかったくせに元カノのは食べるのね?」

どんどん被害妄想が進む妻。

俺は額に手をかざし、うなだれた。

周囲の女性はどうなのかと好奇心の目で俺を見てくる。

今日はレイの誕生日パーティではなかったのか。

「アレは・・・。」

「アレは?」

またしても好奇心旺盛な目で見つめるわが姉上。

「アレはインにやった。食べてないよ。一口も。それにあいつにはもうその時忠告している。
 俺に期待するなって。お前にしてやれることは何もないって。」

正直に話した。

すると、チェギョンは「そうなの」と言っただけだった。

俺にこれ以上どうしろと言うのか。

「チェギョン、許す気になった?」

姉上は俺の気持ちを代弁するかのように聞く。

けれどチェギョンは顔色一つ変えず、「全然。」と首を振った。

「シン君。だからおとなーしくそのケーキ食べてね。」

妻は極上の笑みを浮かべ、俺の思いなど一切聞かないと目で俺をけん制する。

俺はそれにひれ伏すしかなかった。



Happy Birthday!!



と小さなケーキにローソクの火をつけ、レイの口から小さな息で吹き消す。

レイは何事かとわからずとも、笑ってキャッキャ言っている。

レイでさえもチェギョンの手作りのケーキをほおばっている。

それもとてもおいしそうに。




それからというもの、誰かの誕生日が来るとチェギョンはケーキを作り、振舞った。

だが、俺の誕生日、そしてその振舞われたケーキでさえも食べたことはない。

「どんな因果でパパが食べられないか知らないけど、土下座でもして許してもらえば。」

と子供たちに後々、呑気に言われる始末。

そんなものはとっくの昔にやった。

どれだけ懇願しても、どれだけ土下座してもチェギョンは首を縦に振らなかった。

もう意地の境地らしかった。



俺の頭が上がらない日。


それは


チェギョンがケーキを作った日。


この日だけは俺はチェギョンから制裁を加えられる。


そして過去の俺がしてきたことを恨む日。





サイアクだ!!






fin.