葵香の勝手 宮小説の世界

yahooブログ「Today is the another day」からこちらに移行しました。

懐かしい思い出

「コン内官、コン内官はいるか?」

これは珍しいことでございます。

皇帝陛下様が声を荒げて私を呼んでいます。

どうしたというのでしょう。

今日はご家族皆様でゆっくりお休みになっているはずです。

「どうなさいましたか?陛下。」

姿を現すと、ほっとしたように陛下は私のすぐ傍までやってきました。

「先ほど暗室を整理していたら、こんな写真が出てきたのだが。」

そう仰って、私に一枚の古い写真を手渡しました。

これは懐かしい写真でございます。

一人の女の子がしゃがみ込んで小さなカエルを見ている。

ただそれだけの写真です。

陛下の声が皇后様にも奇怪に聞こえたのでしょうか。

急いで陛下の傍までいらっしゃいました。

「シン君、どうしたの?そんな大きな声出して。」

そう言って不思議そうに陛下をご覧になります。

そしてやっと私に手渡した写真に気がついたのか、しきりに覗こうとしています。

私は微笑んで、それを皇后様に渡しました。

皇后様は写真をしっかり見て、そして目を丸くなさいました。

「シン君。どうしてシン君がこの写真を持ってるの?」

聞かれた陛下も目を丸くなさいました。

「チェギョン、この写真を知ってるのか?」

食ってかかるようにお聞きになられます。

「それ、実家にもあるよ。確かおじいちゃんの遺品を整理した時に見た記憶があるもの。
 うん。その写真よ。どうしてシン君、持ってるの?」

不思議そうに陛下を見つめていらっしゃいます。

しかし、陛下は全く記憶にはないのでしょう。

分からないとしか答えてらっしゃいませんでした。

「陛下、皇后様。その写真は陛下が3歳の時、初めて撮った写真でございます。
 そして、そこに写っている女の子は皇后様。あなた様です。」

とうとうこの話をする機会が訪れたようです。

「コン内官、知っていることを話していただけませんか?」

私は快く引き受けることにいたしました。

「陛下。皇后様。少し長い話になりますが。お付き合いくださいませ。」



1991年のことでございます。

まだ陛下は太子と呼ばれていたころでございます。

その頃は義聖君様が皇帝孫として宮で過ごされていました。

陛下はよく聖祖陛下のもとをひとりで訪れていらっしゃいました。

私はその度によく電話をしてものでした。

その頃から少しずつではありますが聖祖陛下の体調が芳しくないご様子でした。

そんな時にひょっこり訪れてくださる陛下に聖祖陛下はとても癒されていらっしゃいました。

ある時、聖祖陛下に呼び出されたのでございます。

ただひとりのご友人がお訪ねになると。

通してほしいと頼まれました。

待ち合わせの時刻にその方はいらっしゃいました。

かわいらしいお孫さんを連れて。

それが皇后様です。

聖祖陛下は懐かしいご友人と久しぶりの再会を果たし、夕方くらいまでお話をしておりました。

話が尽きないご様子でした。

その間皇后様はどうしてらっしゃったかというと、聖祖陛下に連れられて後ろの方に隠れた陛下、あなた様と仲良く遊んでらっしゃいました。

陛下は少し人見知りがあったようでございます。

けれど、皇后様はとても人懐っこく、聖祖陛下の後ろに隠れた陛下をすぐに見つけ、手をつなぎ歩きだしたのです。

私達大人3人はびっくりしました。

けれど、その姿を見た聖祖陛下は微笑んでいらっしゃいました。

シンが笑っていると。

とても穏やかに笑っていらっしゃいました。

そしてご友人に仰ったのです。

あの子をシンの嫁にくれないかと。

もちろんご友人はすぐさまお断りしました。

けれど聖祖陛下はこう仰いました。

「わしはシンが不憫でならん。わしが元気ならばあの子を見守っていくことができるのだが、そう長くはないのだ。これから先、この皇室がどうなるかはわからん。けれど、もし天が許すのなら、あの子たちの未来が少しでも豊かであるようにしたいのじゃ。
上も下も関係なく。それ故あの子がシンの嫁になってくれれば、シンも少しは違うだろう。」

ご友人は肯定も否定もしませんでした。

陛下が聖祖陛下のもとに行かれる理由は、聖祖陛下がカメラがお好きでいらっしゃったことにあります。

いつも仲良く撮ってらっしゃいました。

夕方になり、それぞれの別れが来ようとしていました。

そんな中、仲良く双方のお孫様たちは手をつないで現れたのでございます。

聖祖陛下が楽しかったかと尋ねられますと、皇后さまはこう仰いました。

「うん。とっても楽しかった。シン君とまた遊びたいの。
 でも、おじいちゃんのところにもなかなか来れないから、シン君と次、遊べないかも。
 それが悲しいの。」

すると陛下はメソメソと泣き始めました。

そんな陛下を皇后様は一喝なさいました。

「シン君!男の子でしょう。レディの前で簡単に泣いちゃダメ。
 会えなくなるのはチェギョンもさみしい。でもね、シン君、いいこと考えちゃった。
 シン君、大きくなって私がおじい様がいなくても会えるようになったら結婚しましょう。
 そしたら二人でいつまでも楽しく過ごしていけるよ。どう?」

そう尋ねられた陛下は泣くのをやめて頷いていらっしゃいました。

肯定と取った皇后様は陛下を引きよせて、突然接吻をなさったのです。

私たち3人はもう一度びっくりでした。

しかしながら、聖祖陛下だけはけらけらと笑っておりました。

そしてご友人に言うのです。

二人はその予定だから、諦めてくれと。

ご友人もその姿をまじまじとみて、最後は頷きました。

本人同士が了承しているならと言って。

そして後日あの品々が贈られたというわけです。

そんな中、突然、皇后様はカエルを見つけられ、しゃがみ込みました。

陛下も一緒にしゃがみ込みましたが、その時、聖祖陛下が声をかけられました。

「シン。自分の将来の嫁を撮っておきなさい。お前の最初の一枚だ。大事にするんだぞ。」

そう仰って、ご自分が持っていたカメラをお渡しになり、陛下はおとなしく頷いて、皇后様へカメラを向け、お撮りになりました。

それがその写真です。

きっと聖祖陛下はも同じものをご友人宅にも送ったのでしょう。

それが皇后様がご実家で見たというものではないでしょうか。

陛下と皇后様は別れる最後の最後まで仲良く手をつないでいらっしゃいました。

とても仲睦まじいご様子でした。

そのような経緯でございます。



すべて話し終え、私は言葉を閉じました。

「覚えてる。シン君にキスしたこと。それが一番古い記憶だもの。
 でも、誰かずっとわからなかったのよ。
 おじいちゃんに連れられてどこか広い庭で男の子と遊んだ記憶はあるの。そしてキスしたことも。
 でも、その結婚の約束は覚えていないわ。オマセさんだったのね、私…。」

陛下はとてもにこやかに笑っていらっしゃいました。

「シン君。シン君、さっき忘れたと言ってたわよね。全然覚えていないの?」

皇后様の爆弾発言がやってきました。

「全然。それから考烈皇太子様がお亡くなりになって、俺とユルの運命が逆転してしまったからな…。
 記憶に一切ない。」

陛下も少しは違う言葉を選んだらよろしいのに、素直に答えてらっしゃいます。

陛下に仕えだしてから、皇后様と出会うまではなかったことでございます。

しかしながら時と場所をお間違えなさいませんように。

「シン君サイテイ!!私は覚えてるのに何でシン君は覚えてないの?」

完全に怒らせてしまったようです。

「覚えてないものは覚えてないから仕方がないだろう?」

もうそろそろ退散したほうがよさそうでございます。

「ねえ私のファーストキスよ。ファーストキス!!」

「陛下。皇后様。では私はこれにて失礼いたします。」

そう言って下がりました。

お二人の口げんかは廊下にまで響いておりました。



聖祖陛下様、やっと伝えることができました。

ありがとうございます。

――――コン内官、シンはきっとあのことを忘れておる。
    もし、将来、あの子たちが結婚したのち、話せるようであったら話しておくれ。
    びっくりするじゃろうよ、シンは。その顔が見れないのはちとさみしいが。
    変わりにお前が見ていておくれ。そして黄泉に来た時に教えてな。
    その時まで待っているから――――――

変わりにしっかり見ることができました。

聖祖陛下様、あなたが望まれた未来になりましたでしょうか。

こちらでまだまだすることがあるようで、なかなかそちらに行くことはできませんが。

変わりに十分見ていきますので、その時まで今しばらくお待ちくださいね。

「コン内官~。コン内官。どこにいる?」

シン陛下の声が聞こえます。

これにて失礼します、聖祖陛下様。



Fin.