葵香の勝手 宮小説の世界

yahooブログ「Today is the another day」からこちらに移行しました。

LOVE PHANTOM episode 40

心臓の音をこうして聞いていると≪生きている≫

その当たり前のことが無性にうれしかった。

チェヨンから知らされて、驚いたと同時に怖かった。

決断し、ここに帰ってくるまでの数日間、生きている心地がしなかった。

周囲には何事もなかったように振舞っていたが、内心ずっと怯えていた。

帰りつく前に彼自身が逝ってしまうのではないか…と。

それならば何も知らないままいつかどこかで風の便りに『身罷った』と聞いた方がどれだけ楽か…。


―――もういない


      もう逝ってしまった


           もうこの世で会うことができない    ――――



諦めがつくのに・・・


「シン君、もしかして…最期を看取らせるために私を呼び寄せたの?」

厭味を言いたくなる。

今は生きてる。

でも・・・もしかして?

その不安要素は隠したいのに隠してはくれない。

「そうだったら最大級の意地悪ね…。いたずらっ子のシン君らしいけど…。」

小さく笑った。

でも、顔はそうでも心は泣いていた。

「寂しい。シン君・・・寂しいの。傍にいるのに寂しいの…。
 何でだろうね。20年間会っていなかったのにね。不思議ね…。とっても不思議。」

声にならない声で泣き出す。

チェギョンはシンの心臓付近に顔を伏せったまま泣いていた。


「・・・・・・・・・。」


何も答えてくれないシンがもどかしい。

寂しかった。



「ねぇシン君。さっきミンスを見た?少ししか見れなかったかな。
 大きくなったでしょう?
 ホントにミンスを産んだことは私の最大の誇りなの。勲章ものよ。
 授けてくれたシン君に本当に感謝しきれないくらい感謝してる。」

チェギョンはマカオへ、シンは召喚へ。

その最後の夜、二人は初めて肌を重ねあった。

最初で最後。

お互いにわかっていた。

次に触れられるのは、触れ合えるのはいつになるのかわからなかった。

そう覚悟して、重なり合った。

その一回、あまりにも深く濃密な夜の果てにチェギョンは身ごもった。

無我夢中だった。

許される時間、ほんの数時間。

朝が来るその時刻まで、これ以上とはない濃密な時間を味わった。


極上の時間を。

優しく触れる手。

たくましい腕。

ほとばしる汗と汗。

艶やかに誘う声。

蜜を吸われ、歓喜に震える身体。

互いの息遣い。


そのありとあらゆるすべてを、チェギョンは今でもリアルに思い出すことができる。

夢にまで見るほどに…。

「愛してる…」

何度も何度も言われたことも。

「愛してる…」

何度も何度も言い返したことも。


何度も何度も惜しむように重なり合い、最後の果てた瞬間さえも。


すべてが愛しい・・・。


もう二度と味わえない高級な果実のように…。



そして、その先に身ごもったのはまるで奇跡であり、神様からの贈り物だと思った。



「幸せだったよ。ミンスを育てながら幸せだったよ。
 でもね。でもね…。あなたがそばにいなかったことはとても悔しかったし、さみしかった。
 痛い思いをしてあの子を産んで、本当なら喜んでくれるあなたがいたのに…て思ったの。
 …きっとシン君もここから祈っててくれてたと思う。
 会いたいと、抱きたいと思ったと思う。」

インにフリーシアのところまで送られた日、チェギョンはインに住所を聞いていた。

生まれる予定日はシンも知っていた。

けれど、初産は基本ズレる。

「何かあったら頼っていいから…。」

イン自身にもそう言われ、渡されたメモ。

使わないと思っていた。

使えないと思っていた。

でも、チェギョンはミンスを産んだあと、写真を撮った。

そして無意識に写真の裏に生まれた日と体重、身長、「ミンス」と書いていた。

それ以上何も書かず、その写真を封筒に入れ、インに送った。

届いたかさえもわからない。

もしかしたらそのまま不審なものとして処分されたかもしれない。

けれど、その翌年のミンスの誕生日には差出人不明の薔薇が来るようになった。


         ――――届いたんだ…―――


うれしかった。

初めてその薔薇が届いたとき、不覚にも配達人の前でぼろぼろと泣きだした。

彼だと思った。

シンだと思った。

シン君しかいないと思った。


          ――――ありがとう――――


ミンスは成長するにつれて、毎年名前もなく贈られてくるその薔薇をとても楽しみにしていた。


          ――――あなたのお父さんからよ――――


娘が同じ薔薇を、一年に一回届く薔薇の匂いを嗅ぐ時、後ろからいつも心の中で語りかけていた。


「今なら抱きしめることだってできるのよ。赤ん坊じゃないから受け答えがちゃんとできるよ。
 早くしないとシン君に見向きもしなくなって彼氏のところに行っちゃうよ。
 もしかしたら結婚するかもね。どうするのよ?
 『反対だー』なんて言ったって、私たちには言えないのよ。
 あの子の年には私はバツイチで子供を育ててたんだから…。どうするのよ?」

チェギョンはフフフっと笑った。

笑いながら泣いていた。