葵香の勝手 宮小説の世界

yahooブログ「Today is the another day」からこちらに移行しました。

鬼の霍乱のなれの果て

「ふざけんじゃない!」

と大声で叫べたらどれだけ楽だろう。

場所が場所なので叫ばしてはくれないが…。

「チェギョン、俺には?」

まるで置いて行かれた雛のようにこちらを伺い様子を見るわが夫、皇帝イ・シン。

私は内心ホクホク顔。


―――ざまあ見ろ…だ―――


「ないわよ。これはレイのだし。」

澄ました顔で答える私。



さて、この話、数日前に溯る。

『なぜ?どうして?』

という言葉と冒頭の言葉が浮かぶが、夫と長男のレイが同時期に風邪を引いたのだ。

鬼の撹乱?

不摂生。

不養生。

レイはわかる。

学校などでも随分流行っていたし。

注意はきちんとして対策を取っていたのにかかってしまった。

仕方がないと思う。

が、しかしだ。

風邪を引く数週間前、巷には聞いていたので何気なく夫に言ったのだ。

「風邪が流行ってるらしいよ。気をつけてね。」と。

どうも彼にはその言葉が癪に触ったらしい。

突然ブスッとはぶてて、言い放ったのだ。

「俺は風邪なんか引かん。身体の鍛え方が違うからな。なんなら証明してやるよ。」

と豪語し、有無を言わさず寝室に引っ張り込まれ、きっちりと朝まで離してはくれなかった。

しかも捨て台詞付。

「わかったか?」

彼はニンマリご機嫌にベッドから出ていった。

私は何も言うことが出来ずにただただベッドに昼まで寝そべるハメになった。

寝ている私の横で女官たちが楽しく内緒話をするのが聞こえた。

「ちょっとっ!陛下、今日やけにご機嫌。しかもお肌が艶艶なの―!」

あの~、聞こえてるんですけど―…。

恥ずかしいったらありゃしない。

その時身体は動かせないが頭は動かせるので、誓ったのだ。

ギャフンと言わせてやろうと…と。

痛い目に合わせてくれたんだから復讐してやろうと誓った。



数日前、見事に風邪を引いた。

「鍛え方が違うと言ってたじゃん?どうしてあなたまでもが一緒にどうして・・・?」

額に手を当て、どうしようか考えた。

もちろんガクッときたのは言うまでもない。

ちょうど良いタイミングに別荘からお母様が駆け付けてくれた。

助かったと思った。

二人をいっぺんに見ることはさすがに無理だ。

きっと話を聞いて来られたのだろう。

それから二人して手分けして看病してきた。



ようやく食事を軽くできるようになり、テーブルを挟んで夫と息子が座った。

そしてこれまたタイミングよく、頼んでいたものを府院君であるパパがニコニコ顔で持ってきてくれた。

しかもレイのだけ。

そう。

これが私の復讐。

と言いつつ、ちゃんとそれまで旦那の面倒は看てきたからね。

さすがに20歳を過ぎた息子を母とは言えお母様に看てもらうのはね~と私の判断。

着替えとかは夫自身後から知ったらこっ恥ずかしいだろうし。

そこは私の役目。

あとの顔の汗を拭いたり、薬を飲ませたり、そんな恥ずかしくないことはしていただきました。


脱線してしまった。

話を元に戻そう。

「チェギョ~ン、もってきたぞ!!パパ特製スープ。」

嫁ぐまで風邪を引いたら、いつも治りかけに作ってくれるスープ。

本当にこれで治ってしまうのだ。

「ありがとう。パパ。レイ、おじいちゃんの作る料理好きよね?」

息子のレイはコクンと素直にうなずく。

どこかの誰かさんと雲泥の差だ。

「レイ、少しずつでいいから食べようね~。」

レイの右側の椅子に座ると、レンゲで少量すくい、フウフウと息をかけ、覚まし、口元に持っていく。

「レイ、あ~ん。」

すると素直に口を開ける。

う~ん、可愛い!!

親ばかだ。

「レイ、いい子ね~。どこかの誰かさんとは大違い!!」

独り言のように呟く。

「ふん!!風邪を引かないなんて豪語していたのは誰だったかしら?
 なのになぜ?どうして?どうして息子と同じタイミングで風邪を引くかな?」

嫌味をここぞとばかりに言ってやる。

「がんばって自力で治してね。薬飲んどけば治るでしょ?
 『鍛え方が違う』とも言ったものね~。自分の言葉に責任を持ちましょうね~?
 レイ、こんな大人になっちゃダメよ。ね?」

いつもは『パパを見習いなさい』と言うがこればっかりはどうか似ないで欲しいと思う。

息子は理解したのかしてないのかわからないがおとなしくコクンとうなずく。

「ママ、それよりまだちょうだい?おいちいの、これ。」

ニコーッと笑って催促されるからこちらもニコーッと笑顔になってしまう。

「・・・覚えとけよっ!!」

逃げ腰の男の捨て台詞・・・。

レイの口に入れながらも「クックク」と笑がこぼれる。

片方の肘をテーブルにかけ、不貞腐れてる夫。

可哀想とはさらさら思わない。

「そうだね。気をつけるよ。」

とあの時言ってくれてたらこっちも腹が立たない。

そんな優しさは微塵にもないのだ。

結局いつまでたっても俺様なのだ。

それが長所として捉えることもできるのだが、なんともムカツクのだ。

レイの口に運ぶこと数回。

不貞腐れている夫をふとちら見すると、レイに向かって「あ~ん」と言うと、彼の口が少し開く。

同じようにあ~んと開けているのだ。

不貞腐れている顔をして。

レイの口に運びながら、思わず顔を上に上げて笑ったのは言うまでもない。

何がおかしいのかきっとレイもお母様も夫自身も気づいていないだろう。

面白いものが見れたと思った。

レイもお母様もなぜ私が笑っているのか不思議そうにこちらを見つめる。

クックックと笑ったのをどうにか堪えて、ニンマリと笑い、夫を見る。

獲物だ。

トラップに引っかかった獲物だ。

「シンく~ん!!」

めちゃくちゃな甘え声を出して夫に微笑みかける。

夫は何事かとこちらを見る。

『ん?なに?』と顔に書いてある。

可愛い。

これから苛め手やるのにとても可愛い。

微笑んだまま、レンゲにスープを掬い上げ、フウフウと同じように息を吹きかけ、夫の口元へ持っていく。

しかも「あ~ん」と口を開けるように催促して・・・。

夫はそのとおり口を開けて待っている。

そこへもっとにこりと微笑みかけ、もう少しで口元へ入っていくだろうぎりぎりの線でターンし、自分の口へ入れた。

「う~ん、おいしい!!」

味を堪能する。

夫は口を開けたまま何があったのかいまだに理解できないらしい。

その姿を見ていたお母様が今度は笑い出した。

その声にハッとし、からかわれたのがわかったのだろう。

途端に顔を真っ赤にし、下を向いた。

レイは父親のその姿に哀れみの顔をした。

「チェギョン・・・。クックク・・・もうその辺で許してあげたら?少し貰うわね?」

いまだまだ笑いながらも空いたおわんを持ってきてスープを移していく。

移し終えたスープを夫の元へ持っていき、同じように夫の前に座って、掬い、息を吹きかけ冷まし、口元へ持っていく。

夫はその一定の動作に一瞬引いた。

「シン、口を開けて。食べたいんでしょう?」

母に言われればそうするしかない。

世の子供の運命。

おとなしく彼も口を開ける。

そこへ母親は食べ物を入れていく。

夫は恥ずかしいやらなんとやらで、顔を真っ赤にさせたまま口を何度も開く。

「パパ、僕と一緒だね!」

その光景をとてもうれしそうにレイは言う。

父親と同じことをされているので嬉しいのだ。

「そうだね。おばあちゃまはパパのお母さんだから同じだね~。」

「うん!!」

レイはさらに嬉しそうにうなずいた。

「あなたも幼い頃に熱を出してね、こうやって食べさせてたのよ。
 きっと覚えていないでしょうけどね。
 レイと同じように着替えさせて、タオルを当てて、薬を飲ませて。
 傍にずっといて看病して・・・。あの時までずっとそうやっていたのよ。
 できなくなっちゃったけど・・・。
 まさかこの年でもう二度と出来ないと思っていたことが叶うとは思わなかったわ。」

夫の口に運びながらお母様は母の顔をしていた。

そう言えばずっとお母様は看病するのをとても嬉しそうに愛しそうに甲斐甲斐しく世話していた。

普通にこんな風に息子と接したかったのだろう。

それができない環境にいただけ。

心配で眠れなかった夜はいくつあっただろう…。

親になってわかったことはいくつもある。


お母様は穏やかな眼差しで夫の口に嬉しそうに食べさせていく。

夫は何も言わず、ただ黙って顔を真っ赤にして口を開く。

私たちはその光景を微笑みながら見ていた。


鬼の撹乱のなれの果て…。


それはとてもとても深い愛情の時間だった。

とてもとても貴重な…。