葵香の勝手 宮小説の世界

yahooブログ「Today is the another day」からこちらに移行しました。

ーおかえりなさいー

人は待てる生きものだと本心からそう思った。
あの日、今日が来るなんて思ってもいなかった。
たかが2年だと人は言うがされど2年。
長く感じたが、今日を無事迎えることになった。
そんな今日は仕事だと信じて疑わなかった。
しかし、人生はそんなにうまくいかない。
 
「明日と明後日は仕事はお休みだから有意義に過ごしなさいね。」
少し年上のマネージャーから突如言われた驚愕の事実。
「素直になりなさい。待ってたんでしょ?『お帰り』の一言でもメールで送ってみたら?
 もしそれで返ってこなかったら私だったら論外だけどね。」
彼女はそう言うなりけらけら笑って帰って行った。
 
だから今日、この日を私は自分のマンションのソファーに座って迎えている。
さっきからひょいと芸能ニュースに切り替われば、彼の姿が映りだされる始末。
いつもなら両親のいる自宅にいるのだが、今日に限ってこっちにいる。
24時間体制の撮影では自宅に帰れないことは多々ある。
帰れたとしてもやはり両親に頼ってしまうので、寝に帰るだけのためにここを買った。
寝に帰るのならベッドと簡易キッチンがあればいいのだが、いつの間にか色々なものが置かれ、誰がきてもよいようになってしまった。
そうやって2年を過ごしてきた。
テレビ、ソファー、箪笥、ダイニングテーブル、可愛らしい花柄のカーテン。
その他小物も、ここにいつでも住めるようにしてしまっていた。
 
――馬鹿な私――
 
周りを見渡し、そう思ってしまう。
 
そして、手には携帯を握りしめ、経った一言『おかえり』と送るのに、書いたり消したりを繰り返し、いまだ送れずにいる自分がいる。
 
―素直になりなさいと言われたでしょ?
 
そう他人のせいにして送ろうと思うのに、それも行ったり来たり・・・。
それをどのくらい繰り返しただろうか。
やっと決心して携帯を振り上げて、届けと言わんばかりに送信ボタンを押した。
 
―送信しましたー
 
その表意が出たとたん、顔を思わずソファーに沈めた。
恥ずかしいやら何やら、十代の恋愛かと自分で突っ込みを入れる。
早く返ってこいと願いながら、返ってこなかったらどうしようと不安がよ切る。
忙しいのだと思い込もうかと、ナーバスなことしか思い浮かばない。
だから嫌になる。
素直になるということは・・・。
 
物の数分もしないうちに携帯がピカピカと光り輝いた。
 
『どこにいる?』
 
たった一言そう書いてあるだけなのに、これでもかというくらいに自分の顔に笑みが浮かんだのがわかる。
 
『自分のマンション』
 
今度はさっきのあの時間は何だったのかと思うくらい、素直にそう書いて送っている自分がいた。
 
『行っていいか?』
 
すぐさまそう返ってきたメールにどうしたものかとあたふたしてしまう。
思わず携帯片手に全身鏡の前に立ち、自分の姿がどこか変ではないかと確認する。
それはまるで待ってますと言わんばかりに・・・。
本能とは裏腹に、携帯片手に『Yes!!』と送ろうかとまた迷ってしまう。
 
―すぐ送る?
―それでは待っていたわと思われてしまう
 
―じゃあ少し時間を空けてみる?
―彼を待たせるわけにはいかないわ
 
頭の中でありとあらゆる攻防戦が思いとは裏腹に繰り広げられていく。
 
―素直になったら?
 
最後にはそれしか浮かばなかった。
今の気持ちをありのままに乗せて送る。
 
そこではたと気が付き、彼が好きそうな料理になりそうな材料はあるのかと冷蔵庫を漁る。
 
―ない!
 
肝心要な時にこういう失敗をしてしまう私を彼はいつか笑って見ていた。
そんなことをまた思い出してしまう。
久しく思い出すこともなかったのに・・・。
いや、思いだそうとしなかっただけなのだとまた気がつく。
 
ということで外にいるだろう彼にまたメールをし、ついでに買ってきてと送る。
あの時のように、行く前のように、普通に、当たり前に・・・。
 
返事は来ないがきっと彼は見て笑ってる。
そして何事もなかったように買ってきてくれる。
 
玄関のチャイムが鳴ったらどうやって彼を迎え入れよう。
ワクワクした気持ちと、ドキドキの鼓動がやむことはない。
 
おかえりなさいとぎゅーっとハグしてあげよう。
 
ずっとできなかったのだから。
 
そう、言い訳。
 
 
 
玄関のチャイムが鳴った。
いそいそと駆けつける私。
何とも現金な私。
 
「おかえりなさい!!」
 
ぎゅーっと抱きついた。
そして、嗅ぐことのなかった彼のにおいを胸一杯に吸い込んだ。
 
彼がそばにいる。
 
それだけで愛しい。
 
 
 
ー終わりー